目次
このブログの趣旨と目的
ガネーシャの課題一覧
今回の課題:誰かのありのままを愛する
この課題の目的
突然ですが、自分が好きな人と一緒にいる時に私たちは幸せを感じますよね。家族や恋人、親友と一緒にいる時間は尊いと感じます。ただ、生きている限り、一番長く一緒にいるのは自分自身です。だから自分のことが好きかどうかで人生のクオリティは決まると私は考えています。
では、どうすれば私たちは自分のことを好きになることができるのでしょうか。結論から言うと、私たちは他の人から好きだと言われることでしか、自分のことを自信を持って好きだということができません。自分で自分のことを好きだというのは、自分の銀行口座から、お金を引き出すようなものです。確かに手持ちの現金は増えますが、実際は何も変わっていません。それでは人から好きになってもらうにはどうすればいいのでしょうか。その答えが今回の課題です。
これは、『夜と霧』でドイツの強制収容所での過酷な体験を書いたヴィクトール・フランクルの言葉です。人は自分の美しさを自分で見ることはできません。だから他の人に見つけてもらい、伝えてもらうしかないのです。
ここから先は本編の感動ポイントのネタバレが含まれているのでご注意ください。
ガネーシャは自分の容姿に圧倒的なコンプレックスを持っていました。元々ガネーシャは母親のパールバティに美少年として創造されました。しかし、手違いで父親のシヴァに首を飛ばされてしまいます。間違いに気づいたシヴァは最初に目についたゾウの頭をガネーシャの頭に付け替えたのです。もう少し詳しく知りたい方はこの記事が簡潔にまとまっているのでどうぞ。そんな経緯があるので、ガネーシャは自分の顔をずっと好きになれずにいました。しかし、主人公はガネーシャが神様の世界に帰る直前に「僕、ガネーシャさんの顔、好きです」と伝えます。
この後ガネーシャは主人公に、『誰かのありのままを愛する』という課題を出そうと思っていたけど、もうすでにできているからその必要はなかったと伝えます。そして、「ワシのありのままを愛してくれて、ほんまおおきに」と言います。
最後にシヴァが仲直りの印にガネーシャの顔を好きな顔に作り変えるという提案をし、有名なキャラクター、有名人、ゾウになる前の美少年の顔など、候補となる顔を床いっぱいに並べます。しかし、ガネーシャは元のゾウの顔を選んで言います。「おとん、この顔でええんちゃうで。この顔がええんや。」ガネーシャは主人公に自分のありのままを愛してもらったことで自分のありのままを愛することができるようになったという話でした。
デール・カーネギーの名著『人を動かす』では、人に好きになってもらうには相手に「自己重要感」を与えなさいと言われています。「あなたは私にとって、この世界にとってなくてはならない存在で、最高に素敵な人ですよ」と伝えることが相手に好きになってもらう秘訣だということです。
この課題で重要なのは、他の人に私たちのありのままを愛してもらうことを期待してはいけないということです。いつも会うあの人たちが私たちのありのままを愛してくれるかどうかを決めることは、私たちにはできません。私たちにできるのは、あの人たちのありのままを私たちが愛するかどうかを決めることだけです。
それでは「誰かのありのままを愛し」損するかもしれないじゃないかと思いましたね。大丈夫です。たとえ何も返ってこなくてもマイナスになることは絶対にないと私は考えています。今この文章を書いたり読んだりしている私たちは、ここまで生きるためにあらゆる人からありのままを愛してもらってきているからです。そんなの記憶にないという方も、何もできなかった赤ちゃんの時に、お金を稼ぐことができなかった学生時代に、まさに「ありのままを愛して」もらえたからこそ、今生きています。
このことを思えば、仮に誰かを愛しまくった結果、一生何も返ってこなかったとしても損にはならないと思うのです。愛情の残高をマイナスにできるのはガンジーとかブッダとかキリストとかそのレベルの聖人くらいです。そしてこの聖人たちが今も愛されまくっているように、実際めちゃくちゃ愛は返ってくるはずです。私たちが愛し始めれば、この愛のループのおかげでみんな自分のことが好きになってみんなの夢が叶うということなのでしょう。それが今回の課題の目的です。
実践した結果
誰のありのままを愛そうかと悩みました。前回の課題から約4ヶ月悩みました。そして、決めました。やはり、赤ちゃんだった頃から私のありのままを愛してくれた、私の家族のありのままを愛していることをここに書こうと思います。私には両親と二人の兄がいるので兄から書こうと思います。
長男
長男は私よりも6歳年上です。私が生まれた時には小学生になっていたくらいには歳が離れています。そのため、私が完全に無力だった頃に、両親と一緒に私のありのままを愛してくれた一人です。もちろん全く覚えていませんが、いろんなところで私を守ってくれたり、遊んでくれたりしてくれていたのだと思います。そのおかげで私が今までもこれからも愛情をばら撒くだけの残高を持つことができました。これに関しては感謝したいです。
彼は映画やゲーム、音楽、お笑いなどのエンタメコンテンツが大好きな人です。幼い頃からそれは変わらず、私が今ゲームや映画を好きであるのもある程度長男の影響があると考えています。全く興味のない映画やゲームの話をしてくることが多いのでうんざりすることもありますが、そういうところから新たな視点が生まれることもあったと思います。巡り巡って、それは今の仕事にもつながっています。感謝しています。
彼は可愛い動物のことも好きで、彼のわがままスタートで実家には今や猫三匹と犬一匹、ウサギ一匹が生活しています。最初はペット禁止のアパートに家族で住んでいるときに、急に猫をもらってきて飼い始めることになりました。ペットを飼うというのは大きな責任を伴うことなので、両親も最初はかなり困っていました。お金もかかるし、世話をするのも楽ではありません。でも猫はとても可愛いです。どうしようもなく可愛い。たとえ自分が嫌われていても可愛い。猫たちのおかげで一家のコミュニケーションは間違いなく円滑になったように感じます。今は一軒家なので、堂々と飼っています。ペットを飼うというは、長男なりの「誰かのありのままを愛する」なのかもしれません。私は全くお世話に参加していないので、私には懐いてくれませんが、兄にはいつもベッタリひっついています。そのありのままを愛する気持ちをお互い忘れないようにしよう。
次男
次男は私の中で常にお手本のような存在です。特に幼いときは何でもかんでも真似をしていました。次男が剣道を始めるから自分も剣道を始めましたし、次男が野球を始めるから私も野球を始めました。そして次男が趣味でハマっていたバスケに小学校高学年の頃から私もハマりだし、高校ではそのままバスケ部に入っていました。きっかけこそ次男の影響でしたが、剣道も野球もバスケも心からやってよかったなと思います。おかげで大人になった今でも運動の習慣作りにはあまり困ることはありません。健康的な人生を過ごすための基礎はスポーツをすることで築けたと思います。彼のナイスセンスには感謝しかありません。
趣味に関しても圧倒的に影響を受けています。ゲームや漫画はほぼ完全に次男を追いかけていました。ドラクエをここまで好きになったのは明らかに次男の影響です。音楽に関しても全く興味なんてなかったaikoやMr. Childrenを兄が部屋で永遠に聴いていたので、気づいたら私も好きになっていました。一番印象的なのは、私が当時ドラクエ6をSFCでプレイしていた時に、同じ部屋にいた兄がMr. Childrenの「IT’S A WONDERFUL WORLD」というアルバムをエンドレスリピートで聴いていたことです。しばらくそのアルバムを聴くたびにドラクエ6が脳内再生される体になってしまいした。今では私の人生の大きな支えになっている2つの強力なコンテンツを好きになるきっかけをくれたことは本当にありがたかったです。
彼は学生時代、私に人生の楽しみ方を教えてくれた以外には、学業でもスポーツでも特に大きな結果を残したとは言えませんでした。しかし、仕事を始めてから彼は覚醒しました。専門学校卒という不利なステータスながら、謎の人間力で大手企業へ入社、様々な経験をし、二つ目の会社で全国でもトップクラスの営業成績を納めました。彼の生き方は、この世界で大事なのは、何を知っているかではなく、何をしているのかなんだと私に教えてくれます。その後もその経験を活かして別の会社でも業績を一手に支えていると言っていいほどの活躍をしています。ちなみに、私が転職を志したのは、中田敦彦のYouTube大学と両学長のリベラルアーツ大学と、私の次男の影響がとても大きいと思っています。スポーツも趣味も仕事もきっかけを与えてくれた私の人生において超重要人物の一人が次男です。
父
私の父はとても堅実なサラリーマンです。私が生まれてからは一つの会社で30年間勤め上げ、三人もの子供を育てるための柱になってくれました。家計を支えている親がここまでで体調を崩したり、仕事とか子育てとかもうどうでもいいやってなったりする家庭も中にはあると思います。もしそうなっていたら、私は好きなスポーツをしたり、大学に行ったり、留学に行ったりすることもできていなかったと思います。すなわち、学校の先生にもなれていないし、転職先の会社から内定をもらうこともできていなかったでしょう。本人はこれが愛だとは思っていないかもしれませんが、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ。私がどれだけ誰かのありのままを愛そうと、このレベルの愛情を使い切ることなんてできるはずがないと思います。
父の尊敬できるところはまだまだあります。彼は料理が好きで、休みの日には半日くらいかけて料理をすることもあります。おでん、坦々麺、煮込みハンバーグ、酢豚、カツカレー、ちゃんとしたパスタなどなど手間をかけて料理をしてくれます。私が子供の時から、今回転職ニートをさせてもらうために実家で過ごすことになった今までずっと料理の習慣は続いています。料理が心にも体にも頭にもいいとは情報として知っているものの、なかなか実行できずにいる私からすると、憧れる習慣を持つ父です。また、今でもネットを見ながら新しい料理に挑戦することも多く、この前はコーンフレークを使ったクリスピーをを作っていました。こういうところもかっこいいですね。
もう一つ父のすごいなと思うところは、「興味を持ったことを一歩深める」を習慣にできているところです。父は関西出身なこともあり、昔から阪神ファンです。阪神の選手のことならなんでも知っているんじゃないかっていうほど、情報を持っています。この選手はどこ高校(大学)出身で、ドラフト⚪︎位で指名されてとか、元々は育成枠からここまで上がってきたとかすごい調べてるなと思います。父のすごいところは自分の興味だけではなく、他人のことにも興味を持って調べることができることです。私が大学受験をする時には、いろんな地域の大学について調べて、「この大学はむっちゃ頭ええで」とか、「ここのキャンパスは広いでえ」とか「ここの学長は〇〇大学出身やから優秀やで」とか言ってて、私以上に大学に詳しくなっていました。今回の転職活動でも、私が選考を進めている会社について調べて、「この会社はええな。」とか、私がゲーム業界を目指しているのを知っていたので、「任天堂は元々花札を作ってた会社なんやで」とか言っていて、大学受験の時と同じだと思っていました。「他人の関心に関心を寄せる」というのは名著にも現代のコミュニケーション系の本にも大体書いてある極意です。これは仕事でも人間関係でも圧倒的に重要な習慣です。マネしていきます。
母
私の一家は基本的に両親共働きでやりくりをしていました。そのため母は「炊事、洗濯、掃除に育児、余った時間さらに仕事し」とSEAMOの「Mother」の母親像そのままの大立ち回りを長男の時からおよそ30年もの間続けてきてくれました。まだ自分のためにしか生きてきていない私から見るとあまりにも大きな偉業です。育児に関しては今回の私のニートサポートのようなイレギュラーなことがなければ普段はありませんが、それ以外については今でも毎日続けています。父と被りますが、やはり、両親の粘り強い生きる力によって私はここまで生かしてもらったと言えます。与えてもらった以上の愛情を世界に返していけるのか自信はありませんが、親を超えるのが最大の親孝行だと思うので、全力で貯めてもらった愛情の残高を使っていきたいです。
母の働き方も私の働き方や生き方に大きな影響を与えているのではないかと最近は思っています。一番それを感じるエピソードは、私が大学受験をするときに、母も新たなチャレンジで介護福祉士の資格の勉強を始めたことです。ちょうど行政が行う介護福祉士を増やそうキャンペーンがあったらしく、お金をもらいながら研修を受けることができたようです。しかし、半年間朝から夕方まで講義を受けて単元ごとのテストを突破しなければならなかったということでした。しかも、一回も講義を休むことは許されなかったようです。私は当時高校生だったので、もちろん弁当も毎日作ってくれていましたし、家の事も全てしながら勉強の日々を過ごしていたのだなと思うと涙が出ます(出てない)。結果として母はその研修をやりぬき資格を取得することができました。今でも介護の仕事で活かしていますし、祖父を自宅で介護する時にもそのスキルと経験は祖父のQOLを最後にグッと上げていたと思います。人生のどんなタイミングでも、たとえ今の経験値がゼロだとしても、自分を変えることで現実を変える姿勢の大切さをその時の母からは学ぶことができました。
最近も、母親から大きな学びを得たエピソードがあります。母からの提案で、私の実家の近くにある山(標高1700メートル)に登ることになりました。この山は私が小学校に入る前にチャレンジして、6合目で諦めてしまったという因縁のある山で、私にとってはリベンジマッチでした。ただ、今の私は毎日歩いているし、元々運動は得意な方なので余裕だろうなと思っていました。しかし、私の倍生きている母にとってはなかなかのチャレンジでした。前回も私に合わせて6合目で止まっていたので、母にとっても初の登頂チャレンジでした。1ヶ月ほど早朝の散歩でトレーニングをして臨みました。迎えた本番、母は2合目のあたりで、「もうダメかもしれん」と言い出しました。かなり息も切れていたので私はめちゃくちゃ心配になりました。それでも私や同じく登山をしている方からの励ましもあり、結果的には登頂することができました。降りるのも地味に大変で、母と麓まで降りてきた時は達成感で満ち溢れていました。
すごいなと思ったのは、2合目で無理かもって思ったところから、10合目まで登り続けたことです。仕事や趣味でも2割くらい進めたところで、「うわ、これ絶対終わらないじゃん。」とか、「今の自分には無理だ」と思うことがよくあります。留学中、2ヶ月くらい経ったところで「まだ2割しか終わってない。永遠に日本には帰れないじゃん」とかよく思ってました。教師一年目の1学期は最初の数週間が経ったところで、あまりのキツさに夏休みまでが蛇の道(閻魔様から界王様のところまでの道)のようだと感じていました。きっとこれからもそんなことばかりの人生だと思います。そんな時は今回の母が山を登る姿を思い出し、一段一段登ることだけが山頂への唯一の道だと自分に言い聞かせ、山を登り切ることを続けたいと思います。
まとめ
今回は家族の好きなところ的な感じで課題を実行してみました。分かったことは、私はとんでもなく家族に愛されて生きてきたんだなということでした。だから家族のこと好きなんだなと思います。たった4人だけでもこれだけ愛されてきているのですから、家族以外の人からの愛情も加えると、一生愛情に飢える必要なんてなさそうですね。目的のところでも言った通り、今持っている愛情残高を誰かのありのままを愛することで使い切ってしまう心配は全くありません。それに、愛情は自分で持っていても使い道はありません。誰かのために使って初めて効果を発揮するものです。愛情は貰えばもらうほど自分のことを好きになれます。そしてどんな人に愛情をあげたいと思うかといえば、自分のことを愛してくれる人です。それならば、私たちが愛情サイクルのビッグバンになればいいのです。相手が私たちを愛し返すかどうかはコントロールできないし、考えても仕方ありません。むしろこれまでに溜め込んだ愛情残高を使い切ることが私たち全員にとって、命が尽きるまでに達成すべきミッションなのだと思います。今回の実践はそんなことを感じさせてくれました。
今後について
学校の先生を経験したことで、仕事の中にある目的を達成するのではなく、人生の中で叶えたい夢を達成できるような仕事をしたいと私は思っているんだと気づくことができました。そして、そのスタート地点に立つことができました。これはドカベンでいう柔道編が終わったところ、ドラゴンボールでいうピッコロ大魔王を倒してこれから悟空が大人になるところ、スラムダンクでいうミッチーが不良からバスケ部に戻ったところ、ハンターハンターでいう天空闘技場で念能力を習得したところ、鬼滅の刃でいう最終選別が終わったところ、つまりプロローグが終わったに過ぎません。いや、プロプロプロローグが終わったに過ぎません。ここからが大変で最高に盛り上がるところです。
夢を持つことはできましたが、それを叶えるための成長をこれからはしていきます。そのために、私の中で実績のある「夢をかなえるゾウ」シリーズの課題実践を続けていきたいと思います。まだ1〜4が残っているので、1から順番に課題を実践していって自分がどう変わっていくのかを続けて発信していきます。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。このブログを読んでくれる方がいたからこそ私は夢を見つけることができたし、最高の転職をすることができました。心から感謝しています。今後も課題を実践していきますので、引き続き応援していただけると幸いです。また、このブログを読んでいるあなたも「本当の夢」を見つけてそれを叶えるための人生を送っていることを願っています。
コメント
アバカムさん
課題1から、ずっと見ていました。そして、こうして最後の課題まで走り抜けていて、本当にカッコいいですし、見ているこちらも、奮い立たされるものがあります。
私も、アバカムさんの背中を見て、同じように”夢ゾウ0の課題を実践”しようと思って、実際に取り組んでいます。(きっと1〜4も)
陰ながら、応援しています。勇気をくれて、本当にありがとうございました!
くぎまるりょうさん
くぎまるさんのように私のブログを見てくださる方のおかげで続けることができました。
この前のコメントは特に最後の課題への励みになりました。
私の方こそ感謝の気持ちでいっぱいです。
私の実践を見て奮い立ったくぎまるさんの実践を見た別の誰かにこの波が伝わるようなことがあれば最高ですね。
くぎまるさんの残り3分の1の実践も楽しみにしています!
おはようございます。
今回も楽しく拝読させていただきました。
今週もがんばりましょう。
ゆきっちょさん
最後まで読んでいただきありがとうございました。
また、次のシリーズを書く時にもぜひ読んでいただけると嬉しいです。
今週も頑張りましょう。